骨粗鬆症と骨形成不全症 ―Ⅰ型コラーゲン遺伝子の異常―

東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターシーケンス技術開発分野 池川 志郎

Ⅰ.骨粗鬆症は "遺伝性" 疾患である

 骨の老化の―つの表現が,骨組織の量の減少―骨粗鬆症(osteoporosis)である。骨粗鬆症の発症には遺伝的要因が関与する。骨粗鬆症は,複数の遺伝的要因(susceptibility genes)と,運動,栄養などの環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病―生活習慣病である。多因子遺伝病に対するアプローチの一つとして,糖尿病におけるMODY1),肥満におけるレプチン2)などにみられるように,まずその個々の遺伝的要因に対応するmonogenic
traitー単因子遺伝病(メンデル式遺伝形式を示す疾患)の原因遺伝子の解析を出発点にするアプロ―チがある。本稿では,骨粗鬆症の遺伝的要因について,骨形成不全症(osteogenesis imperfecta)―I型コラーゲン(type I collagen)遺伝子の異常を中心に考えてみたい。


Ⅱ.骨系統疾患―遺伝性の骨粗鬆症

遺伝性に骨粗鬆症をきたす疾患がある。骨系統疾患(skeletal dysplasias)とは,先天性に骨・軟骨の成長・発達の障害をきたす疾患の総称で3)-5), 200以上もの疾患がこのカテゴリーに属し、ほとんどが遺伝性をもつ。この骨系統疾患の中には,骨量の減少を主徴とする一群の疾患がある3)4)(表1)。
骨形成不全症,若年性骨粗鬆症(juvenile osteoporosis)がこのグループの代表的疾患である。このグループの骨系統疾患は,遺伝性の骨粗鬆症であるといえる。広く―般人にみられる "common disease" としての骨粗鬆症の極型―最重症型で,骨粗鬆症が老人病であるのに対して,早期に重度の骨粗鬆症を発症する。骨形成不全症では,年間数10回も骨折(病的骨折)を繰り返すことがある。電話に出ようと受話器に手を伸ばしただけで骨折した―などという話も珍しくない。骨形成不全症では,Ⅰ型コラーゲン遺伝子の変異が同定されている6)。すなわち,Ⅰ型コラーゲンの異常は重度の骨粗鬆症を起こしうる。


Ⅲ.骨形成不全症 ―Ⅰ型コラーゲン遺伝子の変異

骨形成不全症は著明な骨量の減少とそれによる易骨折性を主徴とする疾患である4)。骨系統疾患の中で最も頻度が高く,発生率は1/25,000と考えられている。易骨折性のために病的骨折を起こし,四肢の変形,関節機能障害,体幹の変形(側弯など),小人症などさまざまな骨格の障害をきたす。易骨折性の程度は症例によって非常に差がある。重症例では,出生前の胎児期にすでに多発骨折をきたすが,軽症例では,後述の骨格外の症状がなければ,―般の骨粗鬆症患者と鑑別がつかないような例も多い。すなわち,本症の軽症例は,―般の骨粗鬆症患者とかなりオーパーラップするものと考えられる。
骨形成不全症では,骨組織の形成不全以外に,歯の形成不全(odontogenesis imperfecta),皮膚・靱帯の異常,青色強膜などの目の異常,難聴がみられる。遺伝形式は,常染色体優性と常染色体劣性型の2型が報告されている。遺伝形式と臨床像により,4つの亜型に分類(Sillence分類7))されている(表l)。

表l.骨粗鬆症を主徴とする骨系統疾患

疾  患遺伝形式MIM No.
骨形成不全症(osteogenesis imperfecta)  
Ⅰ(without opalescent teeth) AD166200
Ⅰ(with opalescent teeth) AD166240
AD,AR166210, 259400
AD,AR259420
AD166220
若年性骨粗鬆症 (idiopathic juvenile osteoporosis) AR259750
偽神経膠腫を伴う骨粗鬆症 (osteoporosis-pseudogIioma syndrome)AR259770
Menkes症候群 (Menkes kinky hair syndrome)AR309400
HomocystinuriaAR236200
Cole-Carpenter dysplaslaSP112240
Bruck dysplaslaAR259450
Singleton-Merton dysplaslaAR 
Osteopenia wIth  radiolucentlesions of the mandibleAD166260
Geroderma osteodysplasticumAR231070
Hyper IgE syndrome wlth osteopeniaAR147060

AD:常染色体優性, M:常染色体劣性, SP:散発生


Ⅳ.骨形成不全症の疾患遺伝子―Ⅰ型コラーゲンの同定

I型コラーゲンは,骨,歯,皮膚,靱帯,腱などに存在し,これらの組織の主要な構成成分である。骨基質の蛋白成分の90%以上を占めている。
骨形成不全症で異常のみられる組織の分布と,I型コラーゲンの分布が共通することから,早くからI型コラーゲンの異常が骨形成不全症の原因ではないかと疑われ,すでに1970年代には形態学的、生化学的な異常が示されていた。I型コラーゲン遺伝子(COL1A1,COL1A2)がクロ―ニングされると,骨形成不全症患者でmutationが検索され、予想通りこれが疾患遺伝子であることがわがった6)。


Ⅴ.Ⅰ型コラーゲンの分子構造8)

I型コラーゲンは,α1(1) 鎖とα2(1)鎖の2種類のぺプチドからなるhetero-trimmer[α1(1)、α2(1)]であるα1(1)鎖はCOLlA1, α2(1)鎖はCOLlA2の2つの遺伝子によってそれぞれコードされている。この2つのα1鎖はともに,N-,C-,末端のglobular domain(プ口ぺプチド)と中央のtriple helical(collagenous)domainからなる構造をもつ。コラーゲンを特徴づけるtriple helical domainは,Gly(グリシン)-X-Yのトリプレットの繰り返し構造からなる(X, Yは任意のアミノ酸で,Xはプロリン残基、Yはハイドロキシプロリン残基であることが多い)。このGly-X-Yの繰り返し構造が,triple helixの形成と安定化に必須で,最小のアミノ酸であるグリシン残基をらせんの中央に配した非常に安定な構造をなす。コラーゲン分子は,3本のα鎖がより合わさった右巻きらせん構造を取る。粗面小胞体の中でtriple helixを形成し,ゴルジ体で修飾されたコラーゲン分子は細胞外へ分泌され,分子間で架橋を形成して結合し、規則正しく配列して線維を形成する。


Ⅵ.骨形成不全症におけるⅠ型コラーゲンの変異

現在までに200種類以上の変異が発見されている。最も多い変異のパターンは,点突然変異によりtriple helical domainのグリシン残基が他のアミノ酸に置換されるミスセンス変異である。グリシン残基以外のアミノ酸のミスセンス変異,splice donor siteの点変異,欠失,挿入も報告されている。変異の発生部位は,α鎖全体に及ぴ,hotspotはない。


Ⅶ.発症の分子機構

基本的な異常は,I型コラーゲン量の減少である。量的異常を引き起こすメカニズムとしては二つが考えられている。―つは変異α鎖が,triple helixの形成に関係しないもの,もう―つは形成に参加するものである。前者は,変異によるmRNAの安定性の減少,変異α鎖の安定性の減少,コラーゲン分子の形成障害などによる単純なα鎖の量の減少である。後者は,いわゆるdominant tnegative機構(protein suicide)9)である。異常なα鎖がtriple helix形成に参加するとコラーゲン分子の形成・分泌の障害,安定性の減少,コラーゲン超分子の集合の障害を引き起こす。


Ⅷ.Ⅰ型コラーゲン遺伝子異常の広汎なスぺクトラム

I型コラーゲン遺伝子の異常は,若年性骨粗鬆症でもみつかっている。Dawsonらは,COLlA2のミスセンス変異(G436R)をもつ若年性骨粗鬆症の兄弟例を報告している10)
また,Spotilaら11),COLlA2のミスセンス変異(G661S)をもった骨粗鬆症例を報告している。この例は52歳女性で,5回の骨折歴,軽度の青色強膜,軽度の難聴をもっており,軽症の骨形成不全症とも診断できるが,少なくとも,骨粗鬆症と軽症の骨形成不全症には表現型のオーバーラップがあると考えられる。―方,Ehlers-Danlos症候群でもⅠ型コラーゲンの変異が報告されている 12)13)。 COLlAl, COL1A2 のどちらの変異も Ehlers-Danlos症候群の表現型を取りうる。
しかし, 骨粗鬆症は, 本症候群の特徴ではない。Ⅰ型コラーゲン遺伝子異常の表現型のスぺクトラムの範囲は今後の検討を要する。 また, COLlAl、COLlA2どちらにも連鎖しない骨形成不全症の家系も知られている。


Ⅸ.rare genetic diseaseから,comon diseaseへ

I型コラーゲンは骨の主要構成成分であること, 骨粗鬆症と骨形成不全症に表現型のオーバーラップがあると考えられることから,骨粗鬆症患者でのI型コラーゲンの異常が多くのグループで調べられている。低骨密度患者でのI型コラーゲン遺伝子の coding region の mutation の検索は negative studyであった14)。Ⅰ型コラーゲン遺伝子多型のassociation studyの結果はcontroversialである。 COLlAlのintron l内に転写因子Splのbinding siteが存在するが,この部のG→T transition polymorphism (Spl polymorphism)が,閉経後のイギリス人で骨密度と相関することが報告された15)。脊椎の骨折を起こしたイギリス人女性では,T alleleをもつ割合が有意に多く,この相対危険率は約3.0であった。 オランダ人女性を対象とした追試では,この多型と脊椎,大腿骨頚部のBMDとの相関がみられた16)。また,デンマーク人では骨折との相関が男女の患者ともにみられた17)。しかし,スウェーデン人を対象とした追試では,有意な相聞は得られず18),韓国人ではこの多型はみられなかった19)
これらの結果より,Spl polymorphismと骨粗鬆症との関係には人種差があるのが明らかである。多型の骨形成に対する影響―その生物学的意義の解明が今後の課題である。


文 献

1) Yamagata K, Oda N, Kaisaki PJ, et al: Mutations in the hepatocyte nuclear factor-l alpha gene in maturity-onset diabetes of the young. Nature 384:455-458. 1996
2) Zhang Y, Proenca R, Maffei M, et al: Positional cloning of the mouse obese gene and its human homologue. Nautre 372:425-432, 1994
3) Beighton P, Giedion ZA, Gorlin R, et al: International classification of osteochondro dysplasias, Intenational working group on constitutional disease of bone. Am J Med Genet 44(2):223-229, 1992
4) 西村 玄: 骨系統疾患X線アトラス.医学書院,1993
5) 池川志郎,君塚葵: 骨系統疾患国際命名法の改訂について. 整形外科44:841-843、1993
6) Chu ML, Williams CJ, Pepe G, et al: Internal deletion in a collagen gene in a perinatal lethal form of osteogenesis imperfecta. Nature 304:78-80, 1983
7) Sillence DO, Senn A, Danks DM: Genetic heterogeneity in osteogenesis imperfecta. J Med Genet l6(2):101-116, 1979
8) Prockop DJ, Kivirikko KI: Heritable diseases of collagen. N Engl J Med 311(6):376-386.
1984
9) Williiams, CJ, Prockop DJ: Synthesis and processing of a type Ⅰprocollagen containing shortened pro-alpha 1(I) chains by fibroblasts from a patient with osteogenesis imperfecta. J Biol Chem 258(9):5915-5921, 1983
10) Dawson PA, Kelly TE, Marini JC : Extension of phenotype associated with structural mutations in type Ⅰcollagen : siblings with juvenile osteoporosis have an alpha 2(Ⅰ) Gly436--> arg substitution.. J Bone Miner Res l4(3): 449 - 455. 1999
11) Spotila LD, Constantinou CD, Sereda L, et al: Mutation in a gene for type Ⅰprocollagen (COLlA2) in a woman with postmenopausal osteoporosis : evidence for phenotypic and genotypic overlap with mild osteogenesis imperfecta. Proc Natl Acad Sei USA 88(12):5423-5427, 1991
12) Weil D, D'Alessio M, Ramirez F, et al: Temperature-dependent expression of a collagen splicing defect in the fibroblasts of patient with Ehlers-Danlos syndrome typeⅦ. J Biol Chem 264(28):16804-16809, 1989
13) Weil D, D'Alessio M, Ramirez F, et al: A base substitution in the exon of a collagen gene causes alternative splicing and generates a structurally abnormal polypeptide ; in a patient with Ehlers-Danlos syndrome typeⅦ. ENBO J 8(6):1705-1710. 1989
14) Spotila LD, Colige A, Sereda L, et al: Mutation analysis of coding sequences for type Ⅰ procollagen in individuals with low bone density. J Bone Miner Res 9(6):923-932. 1994
15) Grant SF, Reid DM, Blake G, et al: Reduced bone density and osteoporosis associated with a polymorphic Spl binding site in the collagen type I alpha l gene. Nat Genet l4(2):203-205. 1996
16) Uitterlinden AG, Burger H, Huang Q, et al: Relation of alleles of the collagen type I alpha l gene to bone density and the risk of osteoporotic fractures in postmenopausal women. N Engl J Med 338(15):1016-1021,1998
17) Langdahl BL, RaIston SH, Grant SF, et al: An Spl binding site polymorphism in the COLlAl gene predicts osteoporotic fractures in both men and women. J Bone Miner Res l3(9):1384-1389, 1998
18) Liden M, Wilen B, Ljunghall S, et al: Polymorphism at the Spl binding site in the collagen typeⅠalpha 1gene does not predict bone mineral density in postmenopausal women in Sweden. Calcif Tissue Int 63(4):293-295. 1998
19) Han KO, Moon IG, Hwang CS, et al: Lack of an intronic Spl binding-site polymorphism at the collagen type I alpha 1 gene in healthy Korean women. Bone 24(2):135-137,1999

この論文は、THE BONE 別冊 1999.9 Vol.l3 N0.3 に掲載されたものを著者の東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター シーケンス技術開発分野 池川志郎先生と出版社の株式会社 メデイカルレビュー社のご厚意により、ネットワークOIの会報「お~あい No.22」に転載させて戴くと共に本ホームベージにも掲載させて戴きました。
発売間もない医学誌からの転載にご快諾戴いた池川先生とメデイカルレビュー社に心から感謝申し上げます,